それは私がやっとの思いで禁止エリアから脱出した後のことだった。走った所為もあり相当疲れていたであろう私はちょうど良さげな木陰に身を隠し一息つこうとしていた。かばんから半分ばかり水の入ったペットボトルを取りだし丁度一口飲んだところで銃声が聞こえたのだ。音の大きさからしてそう遠くはない。見つかればきっと私まで殺されてしまう。

「行かなくちゃ」
「どこに?」

早くこの場から立ち去ろうと立ち上がったとき。声がした。どこから?うしろ?でも全然ヒトの気配なんてしなかった。とにかく振り返った私は見た。木々の間からこちらをのぞく相馬光子の姿を。

「いつから…」
「さっきよ」
「逃げないの?」
「どうして?」
「私、包丁持ってるのよ?」

単調な会話の中、光子は少しの間私の右手に納めている包丁を見つめて言った。だって、あなたは人を殺さないと。まったくその通りなのだけど。

「ねえそれより」
「なに」
「一緒にいてもいい?」
「…」

考えた。なぜあの不良グループの相馬光子がそんなことを言うのだろう。一緒にいれば弾除けくらいにはなるとでも思っているのだろうか。「私…怖いの」
「怖い?」
「でも、あなたなら…」
「大丈夫だって言うの?」

光子ってば悲しそうな顔して。旗上や大木あたりならコロッといっちゃいそう。これで何人の人を落としたのか考えるだけでゾッとする。こういうとこは流石というべきか。

「私はあなたと一緒にはいたくない」
「どうして?」

と、聞き返す光子はとても冷ややかな目を私に向けていた。自分でも思い当たる節があるだろうに。光子はクラスメイトだがとても信用できるような女じゃない。一緒にいていつ後ろからやられるか気が気じゃない。とにかく、この場では生きた心地がしないのだ。

「そう、残念ね」

そう言った光子はスカートを翻し私のいる方とは反対側へ歩いていく。

「光子?」
「なあに?」
「殺さないの?」

てっきりあの光子だから私が役に立たないと知れば殺しにかかってくると思ったんだが。これは見逃してくれたのか?だったら話しなんかかけずに大人しく去っていく光子の背中を見つめていた方が良かったのかな。

「私、あなたのこと好きよ」
「えっ?」
「だからちょっと、ここで殺しちゃうのはもったいないなって」

要するに光子の気まぐれで助かったってことでいいのかな?

「次に会うのは生存者あなたと私のふたりになったときよ」
「えっ」
「そしたら私が殺してあげる」



手招くおんな
( それはとても、妖しげに )